『まだ結婚できない男』ドラマの枠を超える阿部寛=桑野信介の存在感

奥行きと余白のある演技で視聴者を魅了している阿部寛『まだ結婚できない男』(関西テレビ・フジテレビ系)(C)カンテレ

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 偏屈で独善的で皮肉っぽいけど、なんだかんだ憎めない“結婚できない男”桑野信介。その特異なキャラクター性と世界観から多くの視聴者に愛された彼が、13年の時を経て、53歳の『まだ結婚できない男』(関西テレビ・フジテレビ系)として帰ってきた。視聴率も満足度も好調。とはいえ、女性陣のキャストを一新したことなどにより、前作と比較し、いまでも前作への愛着を捨てられないファンも多数いる。

 しかし、『まだ結婚できない男』のおもしろさは、なんといっても桑野信介を演じる阿部寛に尽きるだろう。ただただ阿部寛がおもしろく、一挙手一投足に笑わせられたり、微妙な経年変化に感心させられたり、周囲の人々への一向に伝わらない親切心や、親への不器用な愛情表現にほろりとさせられたりしてしまうのだ。

■桑野=阿部寛の笑いを取るいくつかのパターン

 阿部寛演じる桑野は、立っているだけ、歩いているだけ、黙って座っているで十分におもしろい。仕草も表情も、体を曲げる向きに至るまで、阿部寛は画的なおもしろさをおそらく客観的に計算し尽しているからだろう。桑野、というか阿部寛には、確実に笑いをとりにくる、いくつかのパターンがあるように思う。

 そのひとつは、登場シーンにおけるインパクト。扉の向こうのすりガラスごしに濃い顔がぼんやり浮かんでいたり、カウンターのむこうからひょっこり顔を出したり、窓の外ににやりと現れたり、扉を開けたらロダンの「考える人」よろしく彫刻のように座っていたり……。

 姦しく喋る女性たちの背景に、斜め姿勢で聞き耳を立てつつ映り込んでいることも多々ある。毎回、その意表を突いた(しかし、お約束の)神出鬼没ぶりに、視聴者は驚き、軽く悲鳴をあげそうになる。どこかお化け屋敷の仕掛けのようなワクワク感があり、毎度どこからどんなふうに顔を出すのか楽しみでならない。

 もうひとつは、興味の高低差が露骨にわかる「満ち引き」のスイッチ具合。仕事に集中するときも、ジムで体を鍛えるときも、タピオカを飲むときの鬼気迫る真剣な表情も、出会いに関する話を聞くときの小鼻の膨らみ方と目の見開き方も、そこにジャンルによる貴賤・区別はなく、常にMAXの真剣度、興奮度を見せる。それが単にタピオカを飲むだけのことであっても、安易にわかった風はしないし、一切軽視することなく、真摯に向き合う。

 人やモノをランク付けしたり区別したりしない平等さと全力投球具合が、いかにも桑野だ。にもかかわらず、興味を失った途端、次の瞬間には目から輝きが消え、前のめりの姿勢から、深い椅子の腰かけ方にかわる。まるで満ち潮と引き潮のように、その切り替えがわかるから、視聴者はセリフがないシーンでも思わず笑ってしまうのだ。

 もうひとつは、「陶酔感」。今作ではとくに年齢を重ねたことにより、うんちくを披露する場面も増えているが、そうしたときのうっとり感と遠い目は、まるで音楽家か哲学者のようだ。視聴者は陶酔した桑野を見るたび、「また始まったか」と苦笑しつつも、愛らしく思えてくる。

 さらに大きいのは、「哀愁」を漂わせる表現だ。大きな体に小さく見えるヘルメットをかぶり、憂いのある表情を見せるだけで、そのチグハグ具合がおもしろいし、スマホをいじっているだけで、ちまちましていて可愛く見える。つまずいたり、トボトボ歩いたりする後ろ姿も、大きい体と濃い顔だからこそ哀愁が強まる。

 また、時折見せる晴れやかな笑顔には、おそらく「誰にも気づかれない親切」を美学としていそうな頑固さと不器用さ、悲しさ、愛らしさが漂う。

■視聴者の想像力を掻き立てる、阿部寛の奥行きと余白のある演技

 ところで、前作に比べ、今作で目立つのは、桑野が相変わらず偏屈ながらも、人とのコミュニケーションを積極的にとるようになっている変化だ。「良いひとと出会う方法」に関心を抱いたり、職場の部下たちに勝手に登録されたとはいえ、婚活アプリを利用して女性と会おうとしてみたり、行きつけのカフェを立ち退きから守るために裏で密かに動いたりする。

 怒られてションボリしているところも、ひそかに人恋しさを感じているところも視聴者は観ているし、面倒くさいながらも「実は優しい」「実は良い人」ということも知っている。そうしたややマイルド寄りの変化に、時の流れを思って多少の寂しさを感じる部分もあるくらいだ。

 にもかかわらず、今作の女性陣の桑野に対する接し方はかなりきつく、女性陣が集うと、必ずと言って良いほど桑野の悪口大会が繰り広げられる。その結果、おもしろいことに、女性陣に対する不平不満がSNSやネットの掲示板で噴出するという現象が起こっている。

 おそらく視聴者のほうが今作の女性キャストたちよりもすでに桑野の「理解者」「保護者」となり、桑野寄りの見方で作品を観てしまっているからだ。さらに、阿部寛の非常に細かく、奥行きや余白のある演技には、視聴者の想像力を掻き立てる力がある。

 そのため、「パグを飼っているのが桑野だったら、もっと〜」「桑野があの場面にいたら〜」などと、台本に書かれていない部分を想像したり、今作と別の道筋に進んだパターンを妄想したりしている視聴者もいる。阿部寛の表現の延長線上に、それぞれのイメージの「桑野信介」が作られ、独り歩きしている部分もあるのだろう。

 桑野があまりに濃く、イキイキと生きているだけに、その存在はドラマの枠を超える力すらある。同局の今クール作品『シャーロック』でディーン・フジオカが演じる誉獅子雄と桑野で対峙してみて欲しいと思うくらいだ。
(文/田幸和歌子)

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